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夢小説 幸福 [夢小説]




世界は光に満ち、眩しい。



僕の肩には丸い大きな顔をした、翼のある小さな生き物が座っている。

人間の子供の体に、鳥の翼、

その肌は絹のように滑らかで、瞳は宝石のように澄んだ緑色をして輝いている。

そして透き通る銀の羽根。

僕はそれを「シグリ」と呼んでいる。

僕はシグリを指で触れ、愛おしむ目で見つめる。


緑の欠片たちが、水色の粒たちが、シグリたちの沢山の銀の羽根が輝き、

穏やかな顔の人々の周りを包んでいる。

そして僕に手を振る1人の女性をも。


ある晴れた日の午後の公園。


僕は噴水の前で女性に手を振り返した。何度も。明日も会えるのに。

女性は僕の高校の先輩。中学生の頃から憧れの人だったが、

この公園を出て行く頃には僕の恋人になっていた。



シグリが側に居る時は、不思議と何でも上手く事が運んだ。

だがシグリが居なくなると、嘘のように良いことが逃げていくのだ。

シグリは無数に居て、シグリがついている人は誰もが幸福そうだった。

きっと誰もが僕と同じく、シグリの見えない「幸福をもたらす力」を貰って生きてるんだ。



シグリ…、この生き物を、どうしてそんな名前で呼びはじめたかは覚えていない。

小さい頃から知っているのだ。

シグリは僕以外の人には見えないらしい。

世間で「妖精」と言われているものに似ているが、

子供とは言えない今でも僕にはシグリが見えている。



シグリは誰にでも優しい。

逆に言えば、誰かの側にずっと居てくれるわけじゃないみたいだ。

シグリは気まぐれで、気づけば居なくなっていたりする。

かと思えば、ふと気配を感じて振り返ると、そこで微笑んでいたりする。





彼女との恋愛は順調に続き、その頃、彼女は大学に入学した。

シグリも相変わらず僕の側に居た。

僕は幸福だった。このままずっと、シグリに居て欲しかった。





ところが恐れていたことが起きた。

ある日、街の雑踏で、シグリがヒョイと僕の肩から、隣の青年に乗り移ったのだ。

一瞬の出来事だった。

僕は嫌な予感がした。

間も無く僕は、彼女が僕を裏切ったことを知った。

僕は受験に向けて勉強を始め、彼女は新しい環境で新しい出会いをする。

そんな変化がすれ違いを生んだのかもしれない。



シグリは天使なのだろうか?それとも悪魔なのだろうか?

そんなことを考えても、彼女は帰ってこなかった。

僕は気持ちを切り替え、受験勉強に専念することにした。

彼女を失ったのは、合格するためだ。

そう思うことにした。

僕は吹っ切れて、気分がいくらか楽になった。



そんなある日、予備校の帰りの夜道、勉強にくたびれ果て、

充実感に満ち足りた気分で歩いていた時、

僕の目前の地面で、シグリがくるくると回っているではないか、

また、シグリが帰ってきたのだ。



その後、僕の成績は急速に伸び、

夢とさえ思っていた一流の大学にも、手が届くかというところまできた。

受験したが、結果は何とも言えない。

だがもちろん、絶対に受かりたい。

そんな中、ある不安が頭をよぎった。

合格発表、その日に、僕の側にシグリは居るだろうか?

シグリは残酷にも僕を見捨ててきた。何度も。





僕はある計画を実行に移した。

シグリを合格発表まで監禁するんだ。

僕は、たびたび僕を絶望に陥れるシグリに、恨みすら持っていた。

僕は家に閉じこもり、全ての窓を閉めきる。

以前にも同じ事をやったことがあったが、

シグリは小さな風の通り道からも簡単に逃げてしまう。

そこで、僕は隠し持ったカラスの羽根をあらゆる隙間に貼った。

僕はシグリがカラスの羽根を極端に嫌うことを知っていた。

我ながら恐ろしい考えだった。



日々が経過すると、シグリはカラスの羽根を恐れ、

よどんだ空気に暗い表情を浮かべるようになった。

シグリは身動きがとれず怯え、動きが鈍くなり、時折震えていた。

滑らかだった肌は荒れ、瞳からは輝きが失われ、

翼は縮んで羽ばたかなくなった。

それはまるで朽ちた人形のようだった。

カラスの羽根で飾られた、不気味なこの家に良く似合っていた。




そして合格発表の日がきた。





結果、不合格。

僕は悟った、これは僕がシグリに対してした、恐ろしい行いの結果だ。

かわいそうなシグリ!

僕はカラスの羽根を剥ぎ取り、ガラス窓を開いた。

まだ少し冷たい春風が吹き込む。

シグリは、すぐさま元気を取り戻した。

僕は「ごめんね…」と手を振る。

シグリは窓のさんで僕に振り返り微笑んだ後、飛び去った。



シグリはきっと常に自由で新鮮な生き物なんだ。

僕は窓を開け放っていよう、シグリは行ってしまうが、

そのかわりに、いつかきっと戻ってきてくれる。



シグリは窓辺に銀の羽根を一枚、落としていった。

僕はその羽根を手にとる。


     



あるいは、シグリに「幸福をもたらす力」は無いのかもしれない。

シグリが側に来たとき、僕はすでに幸福を手にしていた。

シグリは、祝福してくれているだけなのかもしれない。

シグリが居ない時こそ、「幸福をもたらす力」が働く時なのだ、

自らの手によって。



でも、たった一人で頑張ろうってことじゃない。

シグリは涼しい顔して僕を見ていてくれるんだ、

僕がいつかやり遂げるのを待っていてくれる。

それって、冷たく見えて、ありがたいんだよな。



僕はシグリの羽根をデスクに飾ると、シャープペンシルを手にした。

シグリに再び会える日を願って。






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コメント 18

TOMO

シグリは「幸せを運んでくる」のではなく
幸せな人に来るんですね。
幸せの「おすそ分け」をもらいに♪
by TOMO (2006-07-13 13:48) 

jewel

うう~~ん素敵♪
シグリ、気持ちよく自分に誠実に
生きていればシグリが来てくれそうな
気がしてきました^^。
絵が本当に柔らかくて夢みたいに綺麗。
じゅんさん才能ありすぎ!
by jewel (2006-07-13 19:48) 

てつろう

努力とは違う何かがあり
それを掴もうとする心は良くわかります
やましい心にはいい結果がないのをわかっていても
やる人間の哀れさが良く出てますね
by てつろう (2006-07-14 05:35) 

じゅん

TOMOさん>
そうですね、他人の幸せを我がことのように喜ぶ、
無邪気な存在かもしれませんね。

jewel さん>
ありがとうございます~!
でも僕の自己満足の記事ですよ。
自分を信じて生きていければ、その時から幸せの道が開かれそうですね。

てつろうさん>
努力の人、てつろうさんらしいご意見ですね。
でもこの青年は、「本当の幸福をもたらす力」に気づけて良かったですね。
by じゅん (2006-07-14 12:07) 

nyan

シグリ、今、ちょっと来てほしいな、私のとこへ。今ね、今。

それにしても、やっぱり王子には才能を感じさせられます。
ちょっと変な質問だけど、これを書き上げるのに、どれくらい時間かかったりするのかな~。なんか書くのすご~くはやそう。集中力って感じで!
by nyan (2006-07-14 14:53) 

じゅん

師匠>
師匠のところにも来ると良いねぇ。
シグリは、いつ誰の側に来るか分からないけど、
そこら中に居て、きっと誰一人見放さないと思うんだ。

書き始めればほとんど休まずに書き終わるよ。30分くらいかな。
でも構想を練るのに、布団の中とか移動中ちょっと考えたり、
それは文によってまちまちだよ。
by じゅん (2006-07-14 20:56) 

albireo

上手い!
シグリって、本当にじゅんさんには見えるのでは・・・。
by albireo (2006-07-15 00:15) 

tsuredurediaries

読ませていただきました。

シグリさん、私のところに来て下さい。
せめて羽だけでも欲しい・・・
切実な問題として。

あーいいないいなーシグリ。
by tsuredurediaries (2006-07-15 14:31) 

この感覚・・・すごくわかります。
たぶん、誰もが、無意識のうちに体験しているのじゃないかな?
by (2006-07-15 18:14) 

じゅん

albireo さん>
ありがとうございます~!
信じたものこそ、その人にとっての事実ですからね。
見える気がします。

mitch_IDM さん>
お疲れ様でした。
なかなか思う時に来てくれないですよね。
でもきっと見てますよ。

誠大さん>
誠大さんはこういう感覚が鋭いんじゃないかと思っていました。
そうですね、シグリはそのような体験の化身のような存在でしょうか
by じゅん (2006-07-15 20:44) 

ミズリン

結局幸せなんて、自分の気持ち次第ですね。
不幸だ不幸だと思っていると、
不幸になる。
そんな気がします。
やっぱり、ポジティブシンキングで行かないと!
by ミズリン (2006-07-15 20:53) 

むが

挿絵の入れるタイミングが絶妙ですね。
そしてその挿絵のイメージもなかなかすがすがしい物ですね。
内容が淀んだ感じだったので、スッキリさせられました。
by むが (2006-07-15 23:00) 

じゅんさん、こんにちは
ご訪問ありがとうございました。
このお話、とっても面白かったです。勝手なイメージですがカフカのオドラデク+座敷童みたいな印象を持ちました。じゅんさんの想像力は素晴らしいですね。
by (2006-07-16 11:17) 

じゅん

ミズリンさん>
そうですね、それに例え幸福と思えなくても、
常にシグリは見ている気がします。
だから簡単に絶望せずに生きていける気がしますね。

むがさん>
挿絵は、文より苦労した気がします(笑)
そういっていただき嬉しいです。

lapis さん>
こんばんは。
早々に来訪いただきありがとうございます。
読書家のlapis さんに好評頂き、光栄です!
by じゅん (2006-07-16 19:34) 

みかまん

挿絵もいつもながらピッタリ、素敵^^
ものの考え方、とらえ方っていうのかな,,考えさせられる作品でした。
by みかまん (2006-07-25 01:41) 

じゅん

みかまんさん>
ありがとうございます!
羽根は繊細なので、描くのに苦労しました。
そうですね、読み手の方に、材料として自由に捉えてもらいたいです。
by じゅん (2006-07-25 11:31) 

君の心臓を食べたい

ジグリの存在が不明瞭に思えます。皆がその存在を知っているのか。ジグリに憑かれている人にしかみえないということでしょうか?他人のは見えないとか・・・
テーマはあるしいい作品だと思います。
by 君の心臓を食べたい (2018-01-30 20:37) 

じゅん

君の心臓を食べたいさん>
その辺はいつも読者の想像の中にあって欲しいと思っています。
ありがとうございます!
by じゅん (2018-01-31 00:33) 

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