SSブログ

夢小説 恋愛 [夢小説]



「はじめまして。

 あなたの趣味を知って、凄く素敵だな、と思いました。

 僕も映画が大好きです。映画は僕をつまらない毎日から連れ出してくれます。

 感動して、終わってしまうのが惜しくてたまらない。

 だからいつまでも余韻に浸ってしまうんです。

 その時だけは嫌な現実を忘れていられるんです。

 僕はある大手商社で営業をしています。仕事は上手く行ってるし特に不満も無い。

 でも、ふと立ち止まって考えてしまうんです。

 「一体、僕は何を持っているんだろう?」と。

 ほどほどに裕福な生活も、経済学の勉強も、無味乾燥のクラッカーのようです。

 僕はもっと魂が裸で震えるような思いをして、生きて行きたい、

 愛する女性と供にです。

 あなたはどう思いますか?お返事をお待ちしています。」




男はひげ面をかきむしると、アルバイト情報誌を乱暴に投げ出して携帯を開く。

そして歓喜の表情を浮かべたのだった。



「メールありがとうございます。
  
 あなたは映画の素晴らしさについて、良くご存知ですね。

 私も全くあなたと同じことを考えるんです。

 私の周りのコは、流行の俳優だとか、話題の作品にばかり注目して、

 映画の本当の良さについて知ろうとしません。

 何人かの男性にも、映画に誘われましたが、断りました。

 下心がみえみえで、映画を利用しているだけ、悲しくなりました。

 映画は人生です。あなたは人生の本来の素晴らしさについても、

 知っているんじゃないでしょうか?

 私は男の人と映画に行ったことが無いんです。

 もし映画を見るのなら、隣にはあなたのような男性に座っていて欲しいです。

 こんなことを言ってしまって、少し恥ずかしいです。

 こんな私ですが、お返事お待ちしています。」



暗くなった携帯の液晶パネルが、女の顔の太い輪郭とメガネの縁を反射した。

それにハッと気づいた彼女は、ホーッと太いため息を漏らした。



男と女はその後も何通かメールを交わし、会う約束をした。

苦労してきた男にとっては、ようやく手に入れた約束だった。

夜のある街、もちろん場所は映画館だった。



待ち合わせの駅ビルの前で、醜い男は落ち着きがなさそうにあたりを見回した。

汗だくで口は半開き。時折不安にまみれた苦渋の表情を浮かべていた。


それから少し経ち、太った女が、ギクシャクとぎこちない動きで、

駅ビルの横に近づいた。そしてそれとなく男のいるほうの様子を伺うのだった。


お互いにちらりと目があっては逸らす。

そんなことを繰り返していたが、ついに男が痺れを切らして、女の携帯に電話した。

女が電話に出ると、男も携帯を持ったままでゆっくりと近づいた。

そしてお互いの名前を確認したのだった。

「どうも…。」「どうも…。」

そう言ったっきり、無言になった。

そして、思わず男はため息をもらしてしまった。

顔には明らかに落胆の表情が浮かんでいた。

「どうしたの…?」

そう言う女の表情も冴えなかった。

「どうもしないよ…。君こそ。」

「どうもしないわよ…。」



気まずい沈黙が流れ、男はとりあえず話を進めることにした。

「ほら、映画、行こうよ。」


その映画は、

「ある日、不思議な月の使者が現れ、

 想い合っているが、意地っ張りで不器用な男女を結ぶ」という、

このデートには最もふさわしい内容になるはずの、ラブ・コメディーだった。


だが2人は今や惨めな気持ちでいっぱいだった。

いっそ帰ってしまおうかと、どちらも考えたが、それはもっと痛かった。

2人とも嫌というほどその痛みを感じて生きてきたのだ。


今日で2人は終わり。2人の映画ファンが、待望の新作を観る。

それでいいではないか。


映画館まではいくらか歩く必要があったが、2人にはつまらない距離だった。

だが、無難に大作映画の話をして切り抜けた。

映画はそれなりに楽しめ、可も無く不可もなくと言ったところ。

目の肥えた2人が簡単に絶賛するようなものでもなかった。

だが、映画好きの2人、気持ちはいくらかほぐれた。



帰り道、男はこのデートのために用意した、話をすることにした。


「実は、月の使者と、結ばれた2人には続きがあるんだよ。」

「へぇー、そうなの? どうなるの?」

「月の使者は願いを1つ叶える代わりに、月で暮らさないか?と誘うんだ」

「それでそれで?」

「実はそのころ2人の恋は再び危機に瀕していたんだ。

 だが、どうしても想いを捨てられず、地球を捨ててまで、再び結ばれる願いをする。

 ある日の朝、2人は朝日にかき消されるように、月と一緒に消えた。」

「消えちゃったの?」

「月の使者が月にさらって行ったのさ。」

「月の使者は誘拐犯なのね。」

「願いを叶えた見返りさ。でもきっと2人は月で幸せに暮らしていると思うよ。」


男は女の前で雄弁に話す自分にいささか興奮した。

「これは、本当の話なんだよ。映画の原作にもあるんだ。」

「えー?本当かなぁ?」

「本当さ、ギリシャの神話が元なんだ、願いを叶える呪文もあるんだよ。」

「何て?」

「モナト ソピア サカス。」

「モナト ソピア サカス。」女は追唱する。

「手を月に向けて言うんだよ、こうやって。」

「えー? いや。」

そう言いつつも、女は手を月に向けていた。

2人の空に満月が煌々と輝いていた。


       


「モナト ソピア サカス。」

2人の声が、もつれながら響き、街の空に溶けた。

「…ところで、どうして2人はまた離れかけてしまったの?」

男は沈黙した。



「ねぇ、ギリシャ神話にそんな話ないでしょ?」

男はうっかりした。そこまで考えていなかったのだ。

「デタ・ラーメ神話だよ。なんちゃって。」

「わざわざ考えたのね。あなた、そんなんじゃ女の子にもてないわよ。」

女は艶のある声で笑う。

駅に向かう道は、人通りも少なく静かだった。



「…君はあんな呪文が本当にあるとして、何を願う?」

男が暖かく低い声で聞いた。



「そうね、自分が素敵だと思える、魅力的な自分になりたいな…。」

憂いをたたえた女の瞳に、月の光が雫を落とした。

道すがら、ビル群は次第にまばらになりつつあった。



「今だってそんなに悪くないじゃない。」

男が優しい眼差しを向けた。

「あなたは嘘つきね。最初から全部。」

女の滑らかな頬を、いくつもの光の粒が流れ落ちた。





人家がポツリポツリと見える美しい並木道を2人は進んでいく。

「確かに全部嘘だった!さっきまではね。でも今だけは違う!」

男の力強く引き締まった腕が女の肩を支えた。

「僕はいつも女に笑われてきた。こんな僕の言葉で、泣いてはいけないよ。」

林を抜け、湿原の道、小さな沢山の草花が夜露に濡れていた。





男の腕の下で、ようやく、整った女の唇が動いた。

「私は笑ったりしない。世の中、見る目の無い女ばかりなのね。」

男の精悍な顔が正面を見据えた。

「いいんだ。例えば、たった1人でも居てくれれば、僕はその人のためだけに生きる。」

山の登り道、奇跡のように星々が煌いていた。

とろけるようなクリーム色の月の光と供に。



女の美しい顔が甘く解けて、男の胸に寄りかかった。

「ライバルは少ないほうが良いわね、私は、男の人を見る目には自信があるのよ。」

「私がその1人になってもいいかしら…。」

やがて峰の高原、エメラルドグリーンの空は白み始めた。

色とりどりの花が咲き誇り、朝霧が立ち込めていた。



伸びやかな長身の影が、たおやかで柔らかい曲線の影を覆った。

「例えばその1人は、君でなくちゃ意味が無い。」

「君が好きだから。」



ぞっとするほど冷たい月の光のような美男と美女が手を堅く組んだ。

「私も好き。」

日の出と供に強烈な、真っ白の光が2人に差し、包み込んだ







その日の朝、街外れの草むらで、男女の遺体が見つかった。

傷一つなく、死因は不明。

死に顔は穏やかで、その手は堅く握られていたという。








ハミダシ

今記事をもって、路地裏の店主は無期限夏季休業に入いらさせていただきます。

なおコメントのお返事は致します。 よろしくお願いいたします。




nice!(10)  コメント(14)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 10

コメント 14

ミズリン

ハッピーエンドでは終わらないんですね。
必ずひねりが加わるじゅんさんの話。
しばらく読めないのは残念です・・・。
出会いはどんな形でやってくるかわかりませんね。
こうやってブログのコメント欄で話しているじゅんさんと私だって、
全くなかったつながりの糸が出てきているんですものね。
不思議ですね、人間の出会いは。
ゆっくり休養されての復活お待ちしています!
by ミズリン (2006-08-11 20:00) 

みかまん

8月25日までに新風社に原稿送ると、プロが見てくれるんだって。昨日新聞で見たのww冗談ではなく、『読めるお話』だった。じゅんくんの恋愛は月と一緒に消えないでね。夏休み楽しんでね♪
by みかまん (2006-08-12 02:42) 

jewel

とろけるようなクリーム色の月の光
とか 小さなたくさんの草花が夜露に濡れていた
とか そういう景色・情景の表現がバツグンに
上手ですね^^。 詩のようです。
え? ところで、じゅんさん しばらく記事は
更新しないのですか? 休養かしら。
by jewel (2006-08-12 16:55) 

じゅん

ミズリンさん>
ミズリンさんが記念すべき1000nice! 目を押していただきました!
ありがとうございます!

不自然なほどの強い輝きには悲劇が相応しいのかもしれないと、
思いました。悲劇ではないのかも、とも思いました。
正にそうですね、説明の出来ない不思議なご縁ですよね、
1000nice!まで押していただきました。
復活の際はまたよろしくお願いします!

みかまんさん>
まだそのレベルに達していないと思いますよ(笑)
『読めるお話』みかまんさんにそう言って頂き嬉しいです。
恋愛、まずは月のように現れて欲しいです(笑)
それでは、また~♪

jewel さん>
細かい表現にまで目を通していただき、
また褒めてくださり嬉しいです!

はい、何かと気が忙しく夏疲れをしてしまい、
しばらく全く予定を空白にするのも必要かなと思いました。
復活した際は、またよろしくお願いします!
by じゅん (2006-08-12 17:07) 

てつろう

ラブロマンスですね♪
じゅんさんの夏にもロマンスがありますように...
by てつろう (2006-08-14 05:41) 

じゅん

てつろうさん>
ありがとうございます!
ささやかなものを期待します(笑)
by じゅん (2006-08-14 22:41) 

むが

1000nice!おめでとさん!
恋愛モノですか。ちょっとかなしい終わり方ですなぁ。
夏季休業ですか。
充電バリバリ状態での夢小説を期待してますよ~(・∀・)ゞ
by むが (2006-08-17 22:38) 

じゅん

むがさん>
ありがとうございます!
頭を空っぽにして、戻って来たいと思います。
その時はよろしくお願いします!
by じゅん (2006-08-18 20:47) 

kiki2jiji2

横書きではなく、縦書きになった状態で読みたいと思いました。
何となく…月大好きだからじゅんさんの絵が嬉しかった♡
夏期休業。楽しんでくださいね♪
by kiki2jiji2 (2006-08-20 09:11) 

じゅん

kiki さん>
そう言って頂き、嬉しいです!
月は写真でも良かったのですが、イメージピッタリにしたくて、
あえてイラストにこだわってみました。
夏期休業、心と体の換気になれば、と思います!
by じゅん (2006-08-20 21:03) 

be-happyyy

二人は月に行ったのでしょうか? 思いの中では。
じゅんさんにしては珍しいジャンルの文章だなぁ、と感じましたが、
ご自身ではいかがなのでしょう?
夏休みはそろそろ終わりですよ。 自由研究は済みましたかw?
by be-happyyy (2006-08-25 11:15) 

じゅん

BE-HAPPYさん>
>二人は月に行ったのでしょうか? 思いの中では。
それはとても優しい解釈ですね。
確かに今までの僕の文には無かったタイプでしょうかね。
でも僕はアイデアを授かりさえすれば、どんな文も書きますよ。
何か今は落ちこぼれの小学生状態です、宿題放り出して(笑)
by じゅん (2006-08-25 22:10) 

nyan

「いいんだ。例えば、たった1人でも居てくれれば、僕はその人のためだけに生きる。」
言われてみたいな・・・そういう感じのこと。

復活してくれるよね。
by nyan (2006-08-27 02:44) 

じゅん

師匠>
駄目な男なりに考えることはあります。僕も含めてね(笑)
近々復活する予定だよ!
by じゅん (2006-08-27 21:50) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

夢小説 強欲の城夢日記 富士山 ブログトップ

夢日記

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。