SSブログ

夢小説 視界の隅に [夢小説]



男は「ああー、眠い。」と、うめいて食卓に座ると、

体を捻り持ってきた新聞を読み始めた。

向かいに座る、彼の妻と息子には、起きてから目を合わせようともしない。

湯気の立つ味噌汁とご飯が彼の妻によってよそられるが、

男は相変わらず新聞から目を離さない。



新聞の記事にはこんなものがあった。

「母子が自動車でビルに衝突、2人とも即死」

そのビルは男が勤めるオフィスの入っているビルだった。

「昨日の晩か。」男は会社からすでに出たこともあり、知らなかった。

「あなた、味噌汁だけでも食べてよ」妻が言うが、

「食欲が無いんだよ」と男は断る。

そして男はスーツに着替えると、何も言わず会社に出勤して行った。



夜、男が香水の香りや雑踏の匂いを漂わせ、顔を赤らめて帰ってくると、

「食事すぐ用意するから、座って。」と妻が言った。

「うーん…」男はとりあえず席に座ったが、

背を反り、宙を仰いで「ああー疲れたー。」と顔を歪めた後、頭を捻って俯いた。

妻が配膳した食事には手を付けようとしない。

「あなた、また飲んできたの?サラダだけでも食べてよ、体に悪いでしょ?」

「うるさいなー。くたびれてるんだ、キンキン言うなよ、頭が痛い。」

「お酒飲んで、ご飯もまともに食べないから疲れやすいのよ、病気になるわよ?」

「お前はおせっかいなんだよ。飲まなきゃストレスで壊れるんだよ。」



「それから」妻はそう言ってため息をつく。

「どうやら、学校でサトシが同級生をいじめているらしいって。先生に言われたのよ。」

「今度はいじめか…あれは馬鹿じゃないのか?」男は吐き捨てるように言った。

「あなたの子よ?何か言ってやって。」

「お前は叱ったんだろ?」

「ええ、そしたら、同級生がムカつくことばかり言うから悪いんだって。

 自分は何も悪くないって。」

「お前が甘やかすから駄目なんだ。成績も悪いらしいじゃないか。」

「わたしは力不足だけど、やれるだけやってるわ、

 でも、あなたは何も言わないじゃない!」

「わかったよ、行ってくる。」



男は息子の部屋の前に来る。大音響のラップ・ミュージックが鳴っていた。

「サトシー。」返事は無い。

「サトシー!」男は声を張り上げた。

ラップ・ミュージックが消える。

「お前、同級生をいじめたそうじゃないか、もうやめろよ!」

「ああ、わった。」息子のしらけた返事が返ってくる。

これが男のいつもの「注意」だった。



男はそのころ、不思議な経験をするようになった。

会社の休憩所で煙草を吸っていると、視界の隅に場違いなものがあると気づいた。

入り口から見える通路のあたり…、

女性と子供…親子だろうか。身じろぎもせず立っている。

会社なので親子が居ることなど、普通無い。

男が目を向けたとたん、女性と子供は消えてしまった。


頬をわずかに膨らせたような、

不満と哀しさの入り混じったような表情の雰囲気の、ワンピースの髪の長い女性と、

その隣は、怒っているような、寂しいような雰囲気で、こちらを睨みつける少年だった。

だが視界の隅なので具体的に顔つきなどは分からなかった。

何だか不吉なものを見てしまった。疲れているからだろうか。


         


その後もその女性と子供は、信号待ちのときに現れた。

男の視界の隅に。

男は気づきながらも、視線を移すのを躊躇した。

視線を移してもなお、その視界の中央に2人が立っていたらどうしよう。

男は恐ろしかったが、思い切って見ることにした。

するとまたしても女性と子供は消えていた。


そんなある日、男は新聞で、驚くべき記事を目にした。

「母子の事故、無理心中と断定」

男のビルの事件だ。男は背筋が凍った。

男は同僚に相談すると「それは」と霊能者を紹介された。

だが、男は霊など信じていなかったし、忙しかったので断ったのだった。

男は酷く疲れているせい、新聞で読んだ記事に感化されたせいだろうと、

自分を納得させ、忘れるように努めた。





休日、男は昼ごろ起きると会社から持ち帰った仕事を片付けようと、

リビングでパソコンの電源を入れ、作業を始めた。

「あなた」彼の妻が後ろから声をかける。

「何だ?今仕事をしてるんだよ。」

「たまにはサトシもつれて旅行でも行きましょうよ。

 そんなこと、しばらくしてないじゃない。」

「今、会社が大変だって、お前も分かってるだろ、忙しいんだ。

 もっとも、リストラされれば、旅行にいけるぞ?」

男はパソコンの画面を注視したままで、皮肉を言い、鼻で笑った。

となりの食卓からは、息子が、やり場の無い表情を浮かべてこの様子を眺めていた。

「いい加減にしてよ!こんなのおかしいわ?
 
 あなたそれでも私の夫?父親のつもり?」

妻が叫んだ。

「お前の言いたいことは何か?

 悪い亭主だ!最低の父親だ!そう言いたいんだろ!?」

男は怒鳴った。

「そんな声で怒鳴らなくてもいいじゃない」

妻が悲痛な声を漏らした。

男は無言で立ち上がり、家の玄関に向かう。

「誕生日のお祝いの一つも、してないわね。」

妻が寂しげに呟いた。

男は居心地が悪くなり、ゴルフの練習場に行き、夜まで帰ってこなかった。



男が営業先からの帰り、喫茶店で休憩している時のことだった。

またしても視界の隅に、場違いなものが。

あの女性と子供が、動き回るウェイターと客、テーブルの合間に、身じろぎもせず立っていた。

視線を移すと女性と少年はまたしても消えていた。

自分はやはり、この母子の霊に取り憑かれてしまったんだろうか?

男は恐怖と供に苛立ちを覚えた。

「一体俺が何をしたというんだ!

 俺はただ2人が衝突したビルに勤める、ただそれだけのしがないサラリーマンだ!

 自分に言いたいことがあるなら、いっそ視界の中央に現れて、

 何か言ったらどうなんだ!」

男は、そう心の中で叫んだ。


その時、男の表情が変わる。男は気づいた。

あの2人は自分が自ら視界の隅に追いやってきたものたちなのではないか。


それから幾日かして、男は大きな荷物を抱えて、いつもより早めに家に向かった。

男は思い出したのだった、今日は大切な日なのだ。

食卓には疲れた表情の妻とふて腐れた表情の息子が座っている。

男は食卓にケーキとプレゼントを置き、

「サトシ、誕生日、おめでとう。」と静かに言った。

妻と子は驚き、顔を見合わせた。

男の変化に戸惑って、2人とも言葉が見つからない。

「いいから、プレゼント開けてみろよ」

男の言葉で、息子はようやく包みを開いて中を確かめた。

今、巷で流行しているゲームソフトで、人気で入手困難のものだった。

「父さん、俺、これのゲーム機持ってないよ。」

息子は笑う。

「でも、ありがとう。」

男の視界の中央で、母子が少しはにかんだような笑顔を作っていた。



それから、「視界の隅の母子」は現れなくなった。

それらは男の心の中心にあった。




nice!(13)  コメント(17)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 13

コメント 17

 毎日に流されて、いつの間にか忘れた
 大切なもの……
 この男の人、家庭崩壊する前に
 思い出せてよかったですね。
by (2006-09-13 17:36) 

ご無沙汰しておりました!
一気に読んでしまいましたよ。前記事も読まないと。
イラストお上手ですね。私はカラキシ駄目なもので。
by (2006-09-13 18:31) 

むが

仕事に余裕ないとこういう家庭になりがちですわねぇ。
今の世の中、こういうのが大半なのかも。
そうはなりたくないと思っているだけじゃぁ、
ダメなものね(・∀・)ゞ
by むが (2006-09-13 22:05) 

じゅん

琥珀さん>
はじめまして。
日々忙殺されて、
自分の本来の気持ちに、自分が気づかないということはありますよね。
そこに微かな光を当ててみたらどうなるか、考えてみました。

no_chaser さん>
お久しぶりです!
そう言って頂き、嬉しいです!
イラストは、下手なりに良く見える画法(?)なんですよ(笑)

むがさん>
おっしゃるとおり、こういう家庭は僕も多いんじゃないかなと思います。
この男はむしろ幸運だと言えますね。
by じゅん (2006-09-14 00:30) 

jewel

今回は正統派な流れでしたね。
いつものシュールな物語も好きですが
今回のように考えさせられる物語もいいです^^。
それから、絵がどんどん上手になられましたね~。
今回は特にびっくりしました。
「心象」をぴったり表してる絵だと思います。
by jewel (2006-09-14 14:11) 

じゅん

jewel さん>
ありがとうございます!
確かに今回は全体的に荒唐無稽ではなくて、
ちょっとした不思議が挟み込まれている、といった感じでしょうかね。
挿絵は前回と似た絵になりそうだったのでちょっと趣向を変えてみました。
そう言って頂き、嬉しいです!
by じゅん (2006-09-14 21:14) 

TOMO

近くにありすぎて
見落としがちな大切なモノ。
無くさないようにしていかなければ。
by TOMO (2006-09-15 17:47) 

じゅん

TOMOさん>
近くにあるがゆえに、失った時の後悔も大きなものになりますよね。
by じゅん (2006-09-16 08:45) 

ミズリン

皆さんと同じ思いです。
近くにいつもあるから見えなくなってしまうもの。
なくなったときに初めてわかるもの。
この男は、少し早く気がついて良かったですよね。
by ミズリン (2006-09-16 14:54) 

毎回、人の心に何らかの響きを与える作品ですね。
本当に素晴らしいです。
今回の作品は、僕好みの路線です。
by (2006-09-16 23:31) 

じゅん

ミズリンさん>
僕は家庭を持っていないので、リアリティが出せないかな、と思いつつも、
また、羨ましく思い、大事にして欲しいな、という気持ちがあります。

誠大さん>
ありがとうございます!
>今回の作品は、僕好みの路線です。
僕も誠大さんらしいな、と思いました。
by じゅん (2006-09-17 08:15) 

近くにいて・・・見落としがちなもの・・・
私は、見落としてしまったかもしれません!
by (2006-09-17 12:24) 

じゅん

fumilin さん>
fumilin さん、お久しぶりですね!
何か、お辛いことを思い起こさせてしまったでしょうか…。
by じゅん (2006-09-17 17:26) 

あやこ

気がつくことができてよかったですよね^^
近頃 仕事が一番になってしまって、私もこの男の人のようになってしまっていたような。。。
気をつけなければ。。。
挿絵 いいですね!!
by あやこ (2006-09-18 20:23) 

じゅん

あやこさん>
時には集中力を持って取り組まなければならないこともありますよね。
僕も経験があるのですが、強く進むほど独りになっていきます。
挿絵、褒めていただき、嬉しいです!
by じゅん (2006-09-18 23:08) 

be-happyyy

日々の生活において優先順位を見極めるということは
重要なことであり、非常に難しいことでもありますね。
だんだん絵が上達なさっているように見受けられますが。
by be-happyyy (2006-09-20 17:39) 

じゅん

BE-HAPPYさん>
そうですね、きっと、これという正解は無いんだと思います。
でも人は時に大事なことを見落として後悔することがありますからね。
絵はあくまで脇役なので、特に向上心も無く(笑)やってます。
by じゅん (2006-09-20 21:43) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

夢小説 神の柱現日記 洋ナシ ブログトップ

夢日記

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。