夢小説 欲望の遺伝子 [夢小説]
政府は急増する犯罪に頭を悩ませていた。
新聞は毎日、おどろおどろしい文字を並べ、刑務所はどこもパンク寸前。
人々は恐怖と不安に震えていた。
遺伝子研究で開発された薬を使い、問題ある犯罪者の脳を「改良」するのだ。
政府は全国から、犯罪の経歴が一切無く、ボランティアや寄付などを熱心に実践する者、
社会に貢献し、警察や消防などに表彰された者などを調査し、その者達の遺伝子を集めた。
そして、欲望のコントロールに関する部分、正義感や公共性に関する部分を研究し、
その成果を薬にして犯罪者に定期的に注射する。
効果は劇的だった。
最初こそ当然ながら注射に抵抗して暴れるものも多かったが、
数週間でほぼ全員が更正し、極めて真面目で模範的な人間に変わった。
もはや刑期の意味は無かった。
彼らのほとんどは自ら進んで注射を受けに来るようになったので、社会に出しても問題無くなった。
彼らは償いを必死に続け、その姿は一般人よりもよほど誠実と言えた。
その中には、社会に報いたい、または恩返しをしたいと政界に飛び込むものも現れた。
彼らは、懸命な努力と、真面目で誠実な人柄に裏打ちされた政治家としての資質も持ち合わせ、
それは美談としても取り上げられた。
彼らは汚職などにも一切手を出すことも無く、一般人より政治家に向いているとさえ言えた。
たちまち、元受刑者の政治家が増えた。
その１人が新しい法案を提出した。
国民全員に善の遺伝子による改良を義務付けようというのだ。
今度の改良は根本的なもの、この特性は子孫代々受け継がれることになる。
「私は善の遺伝子の洗礼を受けて、すっかり生まれ変わりました。
私を苦しめた欲望、悪の誘惑はすっかり消え、毎日を清々しい気分で過ごしています。
ですが、今の法律だと、犯罪を犯してしまった後でしか、生まれ変わるチャンスが与えられません。
これでは犯罪を減らすためには不十分です。
犯罪の犠牲者を増やさないため、これ以上犯罪者を作らないため、
この素晴らしい善の遺伝子の洗礼を、国民全員に与えようではありませんか！」
別の議員が反論する。
「全員に義務付けとは乱暴な、嫌がる国民を押さえつけて注射をすると？？」
「では国家権力は私にどうしましたか？暴れる私を押さえつけ注射したのです。
でも今や、私は感謝しています、私は心底今の自分が気に入っているのです。
政治家になれたのも、間違いなくそのおかげです。」
「君は犯罪者だったじゃないか、今度の相手は無実の国民だぞ。」
「極めて軽いものも含めれば、国民のほとんどは何らかの犯罪に関わっているのではありませんか？
誰の心にも悪の欲望が潜んでいます。
欲しいものを見れば奪いたくなり、気に入らない人間を見れば傷つけたくなり、
美しい女性を見れば乱暴したくなります。
かつては私もそうでした。
犯罪者はかくして犯罪を犯すのです。
これは病気のようなものと言えるでしょう。
私は改良を受けてから、これらの欲望が生きる最低限に抑えられ、
心は満ち足りて、人を思いやる余裕が生まれました。
改良は病の特効薬のようなものです。改良の後でも、私の記憶も、大まかな性格も何ら変わりません。
安全性は多くの受刑者が身を持って証明しています。」
確かにその通りだった。受刑者全員の精神は極めて正常、あらゆる点で健康そのもの。
一般人と違う点と言えば、特に与えられた環境に満足し、
他人への思いやりに溢れているという点である。
粘り強く反対する議員も居たが、多くの元受刑者議員の支持を受け、法案は可決した。
そして国民に一斉に注射が行われ、犯罪は激減、街は穏やかな顔の市民で溢れた。
彼らは勤勉で、誰もが隣人を思いやった。自然もいたわり、環境問題も大幅に改善した。
子供達は愛に溢れる安全な環境で伸び伸び育った。
以前人気だった暴力や性表現の文化は嫌われ、それらの映画や本は徹底的に処分された。
暫く時が経ち、このまま順調に国民の生活が続いていくと思われたが、
問題が表れ始めた。
国民は必要最低限の生活で満足したため、消費をしなくなり経済は停滞。
性欲が落ち、出生率がどんどん低下。
人工授精があるが、性欲はどうやら子孫を残したいという欲求そのものに作用するようだった。
このままでは国は退廃していくと思われた。
政府では対策を迫られた。
ある夏の満員電車、若い女性がお尻の辺りにもぞもぞと動くものを感じた。
女性は思い切って声を上げた。「ちょっと！」
背後には頭の禿げ上がった小太りの中年の男。
男は物応じせずに言う。
「ぐへへ、良い尻だな、本当は嫌じゃないんだろ？
もっとも、嫌がるのも興奮するがな。ぐへへ。」
すぐに近くの青年が男を羽交い絞めにする。
男は青年に怒鳴る。
「何するんだ！お前には関係ないだろ！」
「か弱い女性に何をするんだ！卑劣な奴め！
まるで動物じゃないか、恥ずかしいと思わないのか？」
周囲の誰もが青年と同じ気持ちだった、暴れる男は数人に押さえつけられて車外に引きずり出された。
駅のホームでは騒ぎを聞いた、駅員が駆けつけた。
「どうしました？」
「この男が痴漢したんです！」
「何だって？その方を乱暴に押さえつけるのを止めなさい、
まさか怪我でも負わせていないだろうな？
もしそんなことなら牢屋にぶち込むぞ！」
青年と周囲の人々は、駅員の言葉に唖然とした。
「そこの方、申し訳ないことをした。さぞ不愉快な思いをされたことでしょう。
お怪我でもありませんか？
こちらの気も済みませんので、お詫びも兼ねて、応接室でお茶でも飲み休んでいってください。」
唖然とする青年達は他の駅員に押さえられ、立ち尽くすばかりだった。
応接室に男が到着し、男が高級菓子とお茶をすすっていると、
スーツを着た男が現れた。
「あなたは痴漢を働いたそうですな、
心配は要りません、牢屋に入れようというつもりは無いんですよ。
それにしても、あなたの性欲、実に素晴らしいですな。
こんな資料にご興味がありますかな？」
それは女性のヌード写真を多数掲載した雑誌だった。
ところどころ破れ、薄茶に変色していた。
「２０００年 国民歴史資料館蔵」と刻印が押されている。
男はそれを見て目を輝かせた。今や本屋では真面目な文学や実用書しか手に入らないのだ。
「貴重な資料だが、あなたに進呈する。
その代わりと言っては何だが、個室を用意するから、
国家のためにその雑誌を使って、この容器に採取していただけないか。」
「あなたの優秀な遺伝子を。」
ハミダシ
今度は絵も文も過激☆
多くの考えをするようにする小説ですね.
善意遺伝子を注射して此の世に善良な人だけ一杯になったら良いことだけあるのではないですね. 出産率減少は案外だったです.^^.
描いて絵も立派です.
DNAを描くのに努力がたくさん入って行ったはずです.
by yujin (2006-11-06 17:57)
なんて皮肉で考えさせられちゃう小説。
絵、凄くインパクトがあって、思わず「ｏｈ～！」って言っちゃったよ＾＾
by みかまん (2006-11-06 18:25)
いつもながら視点が面白い☆
また絵もとても素敵です。本当に沢山才能があって羨ましいです。
そうねぇ、やっぱり結局「極端」ってダメなんですよね。
私も結構、性格が極端なんですよねぇ…あらら。
by (2006-11-06 22:02)
人間も動物だということを忘れてはいけませんね。
理性と欲望の狭間で揺れながら、それがないと人間ダメになりますね。
意外な話で、面白かったです！
by ミズリン (2006-11-07 15:34)
yujin さん＞
ありがとうございます！
色々な人間が協力したり、競ったりして、
はじめて世の中上手く回るのかもしれませんね＾ ＾
DNAの絵は、途中で「しまった！」と思いましたｗ
これは予想以上に手間のかかる絵を始めてしまったとｗ
みかまんさん＞
ありがとうございます！
僕の小説は皮肉が多いですね、
たまには素直な物を書きたいのですが（笑）
絵は少し刺激が強すぎるかと思ったのですが、載せてしまいました＾ ＾
aika さん＞
ありがとうございます！
僕の脳は偏っていて、回転の速さは普通以下です。
ボーっと空想にふけっているのが得意なのかもしれません（笑）
そうですね、人間全員が同じように極端に走ると良くないですね。
でも、人々が色々な方向に偏っているかぎりは、
全体としては上手く回るかもしれませんよ（笑）そのほうが面白い社会だし
ミズリンさん＞
ありがとうございます！
ある方向に向かえば向かうほど良いということは無いのかも知れませんね
欲望は人を突き動かすエネルギー源でもありますからね。
でも、現代社会は少々欲望過剰気味かもしれませんね。
by じゅん (2006-11-07 19:50)
ほんといろんな人がいるから世の中成り立ってると思っちゃう。
強制的に矯正したものっていつか破綻がくるよね。
どっかの共産主義国みたいにね・・・。
しかしかなりおもしろかったです。
さすが王子。。。
by miuta-kuma (2006-11-08 06:54)
じゅんさん・・・絵が・・絵が・・。
素晴らしい～～！ 小説も去ることながら
挿絵が！ 超感動しちゃいました。
こういう抽象画って難しいのに
ものすごく斬新で衝撃的で素敵です。
じゅんさん！ 芸術的センスバツグンですよ。
by jewel (2006-11-08 11:41)
みうたさん＞
ありがとうございます！
「夢」小説なので、滅茶苦茶な設定ですが、
皮肉だと笑ってもらえればいいです＾ ＾
でも確かに、近所に当たらずとも遠からずな国があるよね（笑）
jewel さん＞
ありがとうございます！
技術的には慣れてきたので、どう芸術性を出すか苦心しています、
アイデアが形にならなくて描き直しになることもあり、小説と似ています＾ ＾
芸術に深く親しまれている、jewel さんにそう言って頂き、
とても嬉しいです！＾ ＾
by じゅん (2006-11-08 21:54)
今日も読み応えすごかったです。
今のこの世の中だとしたら、まず第一段階の、健全な遺伝子を集めるのに苦労したりするのかな。
最初の方で、大好きな映画、時計じかけのオレンジを思いだして、またみたくなっちゃった☆
絵も、一度見たら忘れられない個性をもった、すばらしいものだと思うな＾＾
by nyan (2006-11-09 00:06)
犯罪がないことはいいことだけど、
それをまじめニンゲンに「強制的」に
変えていったら、それは無理が生じるんですよね。
よく「自由を求めて」みたいのがあるけど
ルールをなくして全て自由になったら
すぐに人類は絶滅しそうですね。
自由を掲げる人を殺すのも自由ですから。
by TOMO (2006-11-09 17:28)
あれれ？性欲って悪なのかしら？
愛している人と結ばれるって素晴らしい事だと思うのです。
ただ強姦は犯罪です。日本人は性欲をタブー視する傾向が強いですものね。
小学生の頃、担任の先生に「犯罪者もいれば、いい人もいる。同じ人間なのに
どうして？これは個性なの？」と毎日のように聞いては困らせていました。
by kiki2jiji2 (2006-11-09 18:59)
師匠＞
ありがとうございます！
そうだね、禁欲主義の人は最近はすっかり減ったろうね。
時計仕掛けのオレンジ、僕は見たことないのです、
傑作だってね、そのうち見ようと思うんだ。
絵は今回はとんがってみた（笑）
TOMOさん＞
ルールを無くしたら、本当の意味で自由ではなくなってしまう気がします。
ごく一部の強い者が、
弱い者を徹底的に不自由にする世界になってしまいますよね。
kiki さん＞
性欲も、物欲も、人に勝りたいという野心も、
人間にとって素晴らしいエネルギー源です。
ただ、過剰にそれらがあると犯罪に結びつきやすいと思います。
この物語は、それらの欲求を過剰に押さえつけてしまったために、
社会のエネルギーが無くなってしまい、
再び性欲を増加させる政策をとらなければならなくなったという、「愚」を、
描いたつもりです。
by じゅん (2006-11-09 20:58)
イラストの出来が、素晴らしいですね！
何だか、懐かしい少年SFシリーズの挿絵みたいな感じで、
とっても格好いいです。
by (2006-11-09 21:09)
この前にも一度ふらっと現れた(笑)竜胆翡翠です
今回の話も読ませていただきました。
とってもすごい(何がｗ？)作品だと思います
最初は偉いと思われていた人たちの遺伝子を入れていたのに
後になると痴漢した人の遺伝子を入れるなんて。
私には想像できないです。
でも、最初はいいと思っていたけどやりすぎはよくないんですね。
それと！何でそんなに絵が上手なんですか！？
私にも教えてくださいよぉ(泣)
そういうことなので(どういう事だよ？ｗ)
でゎでゎ・・・・
by 竜胆翡翠 (2006-11-10 18:14)
無菌状態のなかでは、進歩も発展もなくなっていくものですからね。
展開を、性欲にもってきたところは意外でした。
・・・あっ、タイトルがその方向でしたね。
性欲は、羞恥心や罪悪感に結びつけることが多いですね。
それもまた、人間を人間たらしめる傾向性のようですが。
by (2006-11-10 20:43)
lapis さん＞
ありがとうございます！
少年SFシリーズの挿絵、わかります（笑）
特にモノクロの劇画タッチの絵が想像力を掻き立ててくれましたね。
竜胆翡翠さん＞
ありがとうございます！
「夢」小説であるという前提があるから、
少々無理も利いて、自由度が高いのです。
小説に向いていったのは偶然でしたが、幸運なことでした。
絵は、道具が優れているのですよ、フリーソフトです、
その辺のノウハウで良ければ何なりと（笑）
誠大さん＞
人間の性欲というのは、おっしゃられたことに加えて、
生殖から離れた快楽として、また時には芸術にも結びつきますよね。
そこが面白くもエネルギッシュなところだと思います。
何にしても性とは上手に付き合っていきたいものです。
by じゅん (2006-11-10 23:59)
益々完成度が増してるような・・・
参りました。
by (2006-11-11 10:48)
こんにちは、初めまして。
「欲望の遺伝子」面白かったです。
人間というのは元々偏ったものだと思います。
あらゆる種類の考え、や重いがあるからおのずとルールを決めて社会を作っているんですね。
もしみんなが同じような感性になったら・・・さて？
それにしても、結末がまた元の木阿弥といいのもいいですね。
人間から欲望が無くなったら社会は停滞します。欲求からくる消費行動が経済を活性化させて社会が発展していく・・・しかしその裏には・・・
また独自の視点を見せてくださいね(^^)
by mirai (2006-11-11 13:59)
no_chaser さん＞
そう言って頂き、嬉しいです！
レベルや量を維持、向上させるのはいつでも難しいです、
今も正直これでいっぱいいっぱいです（笑）
mirai さん＞
はじめまして、mirai さん、ありがとうございます！
偏った物、歪な物は倒れやすい、倒れることは危険ですが、
絶えず倒れこむことで人は歩いているようなものなのかもしれませんね。
by じゅん (2006-11-11 21:28)
欲は良くもありでしょうか？
欲が沸くような女性の絵も見たいです♪
昨日渋谷で試験受けましたが
手をつないだカップルが多かったなあ.....
by てつろう (2006-11-13 05:25)
てつろうさん＞
欲を誘うようなグラマラスな女性は描けないかも知れません（笑）
渋谷…、あの場所はヒューズが飛んでますね。
僕は突然見せ付けるようにディープキスをするカップルを見ました（笑）
by じゅん (2006-11-13 20:49)
「世にも奇妙な物語」に出てきそうな話ですね。
昔、ノーベル賞を受賞した優秀な科学者の遺伝子のみを集めた、遺伝子バンクが実際にあったとTVで見たことがあります。
現在は創設者が亡くなったことと、資金的に運営が困難になったことから閉鎖されているそうです。
人類の危機は、実際に水際まで来ているようです。
by tsuredurediaries (2006-11-15 12:50)
mitch_IDM さん＞
「世にも奇妙な物語」、僕の好きな番組の一つです＾ ＾
優秀な遺伝子は高額で売買されるんですよね、
国家的な規模での人類の品種改良は、過去尽く失敗してきました。
by じゅん (2006-11-16 19:32)
善と悪、と言うとちょっと語弊がありますが、
う～ん…、 良と不良が一番しっくりかな。
このバランスがとれていなければ、
正直今の世の中、経済のバランスも取れないですよね、
って日頃思っていました。
僕はギャンブルはしないのですが、皆がしなくなったら
日本経済は成り立たないんだろうなぁって。
そんな思いを具現化していただいた気分です。
by be-happyyy (2006-11-24 09:48)
秩序と混沌っていう表現もありますね。
法とかルールも大事ですが、人間の本質は混沌として、
気まぐれに噴き出す欲求を縛りすぎると窮屈になってしまいますね。
経済って突き詰めると人間ですよね。
by じゅん (2006-11-24 22:56)