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夢小説 瞼の下の実験 [夢小説]

 


冷戦下のアメリカ。ソビエトとの核開発競争は熾烈を極めた。

壁を築き、自分の身や弱みを懸命に隠しながらも、

相手のことに限っては、特に弱みを見つけ出そうと必死になる。

相手を見失うことも許されず、近づきすぎれば我が身が危険な、恐怖の両想い。

両国は互いに、相手の見えない場所から致命的な一撃を加える機会を得ようと、策を巡らせた。

そこで核ミサイルや原子力潜水艦が考えられた。

だが目に見え、音が聞こえるのには変わりなく、運用は難しい。

 

そこで、ある実験が行われることになった。

自国の駆逐艦に強力な電磁波を浴びせ、その姿を完全に消してしまおうというものである。

これが応用されれば、海上に見えない移動ミサイル基地が出現することになるのだ。

また、この精密な電磁波コントロールで、超長距離の精密レーダーをも実現できる。

身を隠しながら相手の全てを暴露する、正にこの時代が求めた軍事技術だった。

この実験はある港で極秘に行われる計画だったが、

電磁波放射基地が建設されてしまってから、

近隣の街の住民に対する影響についての声があがった。

人体に対する影響を調べる予備実験で問題が見つかったのだ。


実験を主導する大佐は主任技術者に質問する。

「人体に対する影響とは何だね?

 そんなものがあったら軍艦の乗組員も無事じゃないじゃないか。」

「問題といってもおそらく軽微なものです。

 人間の最もデリケートな器官である脳に影響を与えます。

 脳に作用し、人間の無意識下に影響を与えるのです。

 人間の無意識は根の部分では他人同士、全部繋がっていると言われていますが、

 それが表に表れることはありません、今回の実験の副作用は、

 それを意識の方に持ち上げてしまいます」

 

「もっと分かりやすく説明したまえ、何だかとんでもない話じゃないか。

 人間の心が全部一つになってしまうということなのか?」

 

「そこまで強力な作用は現れません、無意識と意識の中間である夢が、

 現実のように明瞭に感じられ、他人と繋がる程度でしょう、

 夢の中で他人同士が会ったとしても、そんなことは騒ぎにはなりません。

 夢の中では人は思念の塊であり、現れた他人も単なる舞台の登場人物としか認識されないでしょう。

 ましてや、我々軍の実験のせいだとは誰も考えないでしょう。」

 

「昼間に堂々と実験をやるわけにもいかんしな…。

 だが、次の朝、街は混乱するのではないか?

 皆が夢の中でリアリティのある他人のような存在に会ったとか、
 
 街中で話が広がったらどうするんだ?」

 

「その作用は一部の感受性の高い人間、

 しかも深い悩みを抱えた人間などに限られるでしょう。

 無意識にでも誰かに救いを求めるほどのことでなければ、

 開かれた他人への扉をわざわざくぐろうとはしません。」

 

「うむ、大きな問題にならないと良いが、心理学者のチームを編成して、備えよう。」

 

Ⅰ.The First Experiment


某日、実験が実行に移された。

「電源OK、照射領域OK、予備照射実行……結果良好、安全装置解除、秒読み入ります、」

「5、4、3、2、1、照射!」


ある女性が夢を見ていた。


名前はダイアン。

ダイアンはオフィスで営業課の課長として働いている。

今日もいつものように仕事に打ち込む。

その時、部下の1人が沢山の荷物を抱えて、ダイアンのデスクに置き、無言で席に戻った。

「ちょっと、この沢山の荷物何なの?」

「クレームがつき返品されました。」

「聞いてないわ、お得意様ばかりじゃない、どんなクレーム?」

「僕は担当者ではないのでわかりません。」

「それぐらいの情報入れなさいよ、それにどうして私の席におくのかしら??」

ダイアンは溢れようとする怒りを何とか理性で抑えて話しかけた。

「責任者に渡せと。あなたが責任者です。」部下は淡々と答えた。

追い討ちをかけるように、入ってきた他の部下も、沢山の荷物をダイアンのデスクに置く。

そして別の部下も…。 ダイアンのデスクは返品の山になった。

「一体何なのよ!」ダイアンが叫ぶが、誰も答えようとしない。

退社の時間になり、部下達は一人、一人と、帰っていく。

オフィスにはダイアン一人が残され、故障しかけた蛍光灯が明滅する中仕事を続けた。

彼女は返品の包みを開けてみることにした。

「キャァ!」彼女はキラリ光るものを目にした。

中にはズタズタに切り裂かれた、当社の販売する栄養ドリンクの紙パックと、

そこに突き刺さるナイフ。

紙パックから漏れ出した赤黒いドロドロした液体がダイアンの手と膝を汚す。

生臭い匂いがあたりに立ちこめた。

ダイアンはたまらなくなり、逃げるように光がわずかに差すオフィスの入り口に走った。

 

ある男性が夢を見ていた。

名前はイーサン。

イーサンは今日も五線譜を前にして悶々としていた。

「今まで散々馬鹿にしやがって、

 最高の曲を作って、あいつ等に今度こそ認めさせてやるんだ。」

ベッドに座り、部屋をうろうろし、キッチンのシンクを叩きながら、彼は考えに考えた。

そんな時、イーサンは内から溢れ出るものを感じた。

部屋に駆けつけると、五線譜にほとばしるものを書きまくった。何曲も、何曲も。

彼は歓喜の気持ちで満ちていた。

そしてレコード会社のプロデューサーに電話をかける。「とっておきができた」と。

レコード会社のスタジオで、彼は自信作を弾いた。

プロデューサーは唖然とした表情を浮かべた。

「これは、何かの冗談かね?」

「冗談とは何だ、俺はいつも本気だぞ?」

「最初の曲はビートルズ、次はローリング・ストーンズ、名曲のオンパレードだな。

 確かにとっておきだ。」

プロデューサーはフッと吹き出した。

「安バーでコピーバンドでもやりたいって意味か?

 才能の無いお前らしいな、笑わせる」

プロデューサー達はゲラゲラと笑った後、瞬時に真顔に戻った。

「時間の無い時に下らんことで呼び出しやがって!

 もう二度とお前には会わない!出て行け!」

プロデューサー達は乱暴にスタジオのドアを閉めて出て行った。

「クソッ!」イーサンは椅子を蹴飛ばすと、会社の入り口にヨタヨタと向かった。

光が差す入り口へ。

 

ある女性が夢を見ていた。

名前はオリビア。

オリビアは窓辺で路地を通り行く人々を眺めていた。

それから、窓辺の写真に視線を移し、こんこんと喜びが湧き上がってくるのを感じた。

愛する彼と、自分が一緒の写真。

その時電話が鳴る。

「あー、オリビアね。彼居る?」見知らぬ女性の声だ。

「あなた誰?彼って私の彼のこと?」

「あなたのじゃない。私の彼よ。」

オリビアは気づいた、彼の浮気相手だ。

オリビアは前から知っていた。彼も公然とそれを認めている。

だがオリビアはそれでもいいと思っていた。

彼を愛している。

苦しくても、彼が良いという限り側に居るつもりだった。

「今は居ないわ。どうしてここにかけるの?」

「あー、居ないの?じゃあいいわ」

女は電話を切ろうとした。

「ちょっと待ってよ、どんな用なの?」

「彼の子供が出来たの。遊びのあなたには関係の無い話ね。」

「嘘…。それに、それに、私は遊びじゃない!」オリビアはそう言って絶句した。

「彼はそう言ってるわ。もう別れたいって。」

オリビアは否定するように電話を切って座り込んだ。

そして、ふらつきながら光の差す出口のほうに向かっていった。

 

ある男性が夢を見ていた。

名前はアダム。

アダムは今日も病院の庭でスケッチブックを開き絵を描いていた。

彼は風景、家族の絵に好んで自分の姿を描き加えた。

まるで自分をそこに焼き付けるかのように。

彼は悪性の腫瘍を持ち、いつ命尽きるとも知れない身だった。

彼は筆を休めると、思い出に耽ろうとスケッチブックをめくった。

だが彼は驚愕した。

どの絵にも、描いたはずの自分の姿だけが忽然と消えている。

彼は車椅子を走らせ、慌てて自分の病室に向かう。

すると自分の荷物はすっかり片付けられ、ネームプレートは外されていた。

通りかかった顔見知りの看護婦に聞く。

「これは、どういうことですか!? 僕の荷物が無い。」

「あなたは死んだのよ。お気の毒にね…。」

「死んだって…、僕はここに居るじゃないですか、意味が分からないよ!」

看護婦は憂いの表情を浮かべて冷たく立ち去る。

「そんな、馬鹿な。」

アダムは混乱し、いつもの場所、再び庭へ戻ろうとした。

光が差し込む庭への出口へ。

 

白い空間、どこまでも広がり、地平線は見えない。

空も白く、素早く行き交うグレーの人影達が、少し離れたところを取り囲む場所。

ダイアンは走って現れた。そして呆然と立ち尽くす。ここはどこだろうか?

少しすると人影達の中から、続けざまに2人の男と1人の女が現れた。

イーサン、オリビア、アダムだ。

4人とも戸惑って、しばらくあたりを伺うばかりだった。

4人とも顔色は悪く、息を切らせていた。

だがダイアンが口を開いた、「ここはどこかしらね…。私はダイアンよ。」

「ああ、不思議な場所だ。俺はイーサン。」

「何だか怖いわ… 私はオリビアよ。」

「天国じゃないみたいだな。僕はアダムだよ。」

 

「動作不安定!コイルの出力が安定しません!」

駆逐艦はマダラのモヤが掛かったようになっていた。

「スタビライザーは作動しているのか?」

「はい、もう限界まで出力してます。」

「止め。最初はこんなものだろう、エンジニアと対策を練ろう。」

 

4人はそろって目を覚ました。

息を切らし、汗だく。誰もが夢でよかったと安堵の表情を浮かべた。

と同時に、不安は拭い去れない。この夢は、4人にとっていつ実現してもおかしくなかった。

そして4人とも、他の3人のことが気になった、彼らは何者だろうか?

 

 

 

Ⅱ.The Second Experiment

 

数日後の夜、またしても実験が行われた。

「第2回目の実験を開始します。今回はコイルの数を増やし、配置を工夫しました。

 上手く行くといいですが。

 …… 安全装置解除、秒読み開始、5、4、3、2、1、照射!」

 

4人は夢を見た。

あの白くて人影行き交う空間、次々と4人が参加した。

ダイアンが口を開く。

「私、あなた達を知っている気がするの。あなた達がここにやってくる前に経験したこと、

 あなた達の顔を見ると、何故か頭に浮かぶのよ。

 もしかして、あたしが経験したことをあなた達知らない?」

イーサンが苦笑いしながら答える。

「ああ、もしかしてダイアン、どこかの社員か? 返品の件は、災難だったな。」

オリビアとアダムは揃ってイーサンに指を差す。

「つまり、全員互いのことを知ってるのね。

 私達、何のためにこんなところに居るのかしら。

 どうして、こんなに悩み深い人ばかり集まっちゃったのかしら。」

ダイアンはそう言って考え込んだ。

 


アダムが口を開く。

「もしかして、僕が呼び集めちゃったのかも。

 僕は病気で学校にも仕事にも行かなかったから友達は1人も居ない。病室のベッドで1人。

 親が来てくれるけど、同い年ぐらいの相手と話したいなと、いつも思ってた。」

「わかるわ、私だって、言うことを聞いてくれる部下は居るけど、

 対等な友達なんて2人くらいよ」

ダイアンは同情した。

「でも皆の悩みを知って、正直、羨ましいと思った。

 仕事とか才能とか恋だとか、僕なんか悩む次元にすら居ない、それどころじゃないからね。

 例えば、命に上等も下等も無いだろ?

 僕はそれを失おうとしてるんだ。」

アダムの顔が紅潮し、高ぶる。

彼の服からどす黒い腹がはみ出し、垂れ下がった。

彼はそれを必死で元の位置に戻そうと躍起になってかきあげる。

「君達の悩みは贅沢だよ!命がただあるだけで、

 どんなにありがたいことなのか、君達はちっとも感謝しようとしない!」

アダムは怒鳴った。


「そうね、確かに私達の悩みは贅沢かもしれない。あなたの病気が、治ると良いのに…。」

ダイアンはため息をついた。


「私も悩んでいることが恥ずかしいわ、何なのかしらね、

 確かに美しいとか醜いとかで命を分けて判断してるのかも、

 だから醜い人を蔑んでるのかも、だから自分も駄目な女だと思うの。自信が無いの。」

オリビアは俯くと頭を押さえた。片手を外した瞬間、

彼女のブラウンの長い髪が大量に手に絡み付いて抜け落ちた。

彼女は震える手で地面に落ちた髪をかき集めた。

 

その時、イーサンが苛立つように口をはさんだ。

「オリビア、俺はお前がなかなかいけてると思うぜ?

 それから、アダム、生きていればそれでいいのか?
 
 世の中、馬鹿みたいに、死んだように生きてる奴が沢山居る。
 
 今の俺も死んでるも同然だ。

 俺は認められて大観衆の中、自分の歌いたい歌を思う存分歌えたなら、

 早死にしてもいいね、これは嘘じゃない!


 奴らは、手っ取り早く売れそうな歌しか評価しない。

 俺の才能を認めようとしないんだ!」

イーサンのギターがカラカラと音を立てた。

彼の右手は手首から先が無い。

彼はそれに気づいて、戸惑いの表情を浮かべ、頭にも手を持って行きようも無く、俯いた。


ダイアンがイーサンに答える。

「甘ったれたこと言うんじゃないわよ。

 リスナーは良いと認めれば、お金を出してまで買ってくれるの。

 そのプロデューサーはきっとあなたの自己満足だと判断したのよ。

 才能は認めさせるものなのよ!

 私だって女だから、差別され、セクハラされたわ。

 でも彼らは私の出した結果を認めざるを得なかった。

 圧倒的に売り上げたのよ。 会社は危機だった。

 私を昇格させなかったら、会社は傾いていたわね。」

 

イーサンは口を尖らせる。

「才能だって?金儲けが少々上手いことが、そんなに偉いことかね?」


「あら、山にでも篭らない限り、誰もお金と離れた生活なんて出来ない。

 あなただって、音楽で儲けたお金で、私達の出した製品を買って生きてるのよ。」


「ああ!あのプロデューサーとそっくりだよ、お前は!」


「でも。 ここまで昇進して色々気づくことがあったの。

 今の会社の戦略は裕福なお年寄りをターゲットにすることなの。

 1人暮らしの寂しいお年寄りのところに足繁く通って、

 高くて、効果の疑問な健康食品を売りつけるの。それでもお年寄りは嫌な顔一つしない。
 
 むしろ、「あなたはいい人、大好きだからまた来てね」って。

 お年寄りも、良心的な商品じゃないって気づいてるのよ。

 でもどこの会社も同じようなものなのよ、

 大して欲しがられないものを無理やり買わせているの。

 世の中そうやって回っているの。」

ダイアンの足元から色とりどりのパッケージが湧き出た。

それらは美しきゴミ屑といった感じだった。

彼女はそれらを蹴飛ばし掻き分け、最後には諦めて座り込んだ。


イーサンはダイアンを見つめて言った。

「簡単で単純な話だ。そのお年寄りにインチキ商品売りつけて、

 自分に対して、何とも嫌な気持ちが込み上げて来ないのか?

 俺の主義は単純だ。好きなものは好き。

 嫌だとか、おかしいと思ったことは誰に指示されようとやらない。

 オリビアだって同じことだろ、浮気されたって好きなものは好きなんだ。

 これは理屈じゃない。」


オリビアはたしなめる様にイーサンに言う。

「ダイアンは悪くないわ、会社や世の中が悪いのよ、

 だってダイアンは結果を出さないとクビになっちゃう。

 ダイアンが昇進して社長になったら、そんなやり方、変えればいいのよ。」


ダイアンは穏やかな顔で言う。

「2人とも、ありがと。こんなに正面から人に聞いてもらったのはじめてよ。」

2人は顔を見合わせた。
 

そしてオリビアは続けてイーサンに言った。

「それからイーサン、売れないのにスタイルを変えないって勇気あることだと思う。

 カッコいいわ。それでいいのよ、自分がいいと思うことを追求すれば良いじゃない、

 後悔しないわよね。

 私も誰が何と言おうと、彼を愛し続けるわ。自分で決めたことだもの、後悔しない。

 あなたから勇気をもらったわね。」


「「売れないのに」は余計だけどな。」

イーサンは笑う。

「お前に足りないのは美貌じゃない。

 困難でも想い続ける強さだって持ってる。

 だけどプライドを持つってことを忘れてる。

 好きだって言いながらも、わがままに振舞っていいんだよ。

 お前にはそれだけの価値があるよ。」


ダイアンはアダムのほうを向く。他の2人もつられてアダムを見た。

「アダム、あなたから見れば、贅沢な話よね。私達、あなたに何も言えないわ。

 きっと生きてね。 謙虚なあなたこそ、誰よりも幸せになれると思うの。」


アダムは顔を上げて言った。

「さっきはごめんよ。僕は謙虚じゃない、皆、僕と同じくらい苦しんでるのがわかったよ。

 僕のほうこそ、悩みに対してこだわってた。

 自分の悩みは上等で、皆の悩みは取るに足らない、下等だって。

 あんなに怒鳴ったの初めてだよ、そしてそれでも正面から聞いてくれた、

 みんな、ありがとう。」
 

イーサンは肯きながら言う。

「俺は、人の言うことを聞こうとしてこなかったな。

 物が言いたくて、人でも物でも見えないものでも、何でも。

 それを曲にしてきたつもりだった。」

イーサンはダイアンを指差す

「例えばあんた、俺があんたのど真ん中に文句を浴びせようとしても、

 あんたを理解した上の言葉じゃなきゃ、あんたは自分に言われた気がしないだろうな。

 ダメージを与えられない。

 俺は金儲け主義が大嫌いだ、意見を変えるつもりは無いよ。

 あんたの言うとおり変えたら俺の歌じゃなくなる。

 だけど誰でも俺と同じように曲げられないものがある。これは理屈じゃない。

 それをちっとは知ろうとしなきゃな。

 それに気づかせてくれたあんたには感謝してるよ。」


アダムが呟いた。 

「皆を見ていると、何だかホッとする。」

「ホッとする?」ダイアンが聞いた。

「生きるってね、とても難しいんだよ。僕の病気は誰にも治せない。

 生きているって事は奇跡なんだよ、僕には君達が輝いて見える。

 君達は奇跡そのものなんだよ。そんな人たちが世界を創ってるんだなって。

 そんな人たちがまた新しい奇跡を生むんだなって。

 元気な人には子供を生み育てて欲しいよ。

 特にオリビア、彼と結婚できたらいいね。

 君はとっても魅力的だ、彼もそのうち気づくよ。」


「アダム、優しいのね。あなたのような人こそ奇跡なのよ。

 オリビア、自信を持ちなさい、コツを教えてあげる、

 時々わざと冷たくして振り回せばいいのよ。」

ダイアンはウィンクする。

 

「コイルの温度が上昇してます、危険域です、どうしますか!?」

駆逐艦はところどころが透けて見えていた。

「もう少しだ、続けろ。」

「出力110%、120%… 」

「コイルの温度が限界を突破!持ちません!危険です!」

駆逐艦は消えるどころか薄モヤの中光っていた。

「止めろ。 …実験は失敗だな」

 

 

オリビアは涙を流しながら目を覚ました。

イーサンは目を覚ましてニヤリとした。

ダイアンは充実感に満ちた顔、アダムは今までに無く穏やかな顔で目覚めた。

4人とも他の3人の事が頭から離れなかった。

きっとどこかで生きているのだろう、彼らは堅く信じた。

 

その後、冷戦は終結し、この実験は成功しないまま闇に葬り去られた。

人々を隔てた壁は、彼ら自身によって打ち壊され、

壁の向こう側にいる人間と自分は、何ら変わりが無いのだと、彼らは思い知った。

人々はいささか混沌とし、困難に溢れた新しい世界に、足を踏み出した。

 


ある日、イーサンが街を歩いていると、見覚えのある女性が目に留まった。

オリビアだ。

彼女はこの上なく幸福そうな笑顔を浮かべ、男と手を繋いで歩いていた。

その顔でイーサンは全てを理解した。彼女は愛する男と幸福に結ばれたのだと。

その時オリビアが振り向き、イーサンと目が合った。

オリビアは驚きの表情を浮かべたが、イーサンはすぐに顔を背け、反対に歩いた。

イーサンが再び振り返ると、オリビアと男の後姿が遠ざかっていくのが見えた。

イーサンは彼らが視界から消えるまで、オリビアの後姿を見つめ続けた。

 

イーサンは新しい曲作りに取り掛かった。

原点に戻り、生きること、命の終わり無き苦悩、打破しがたい苛立ち、

そしてなにより、その、他には替えられぬ尊さ。

尊敬する友、ライバルに言ってやりたいこと。

特別な女性に対する、永遠に叶わぬ想い。

それらを五線譜に綴っていった。

 

ダイアンは街のレコードショップの片隅で、見覚えのある顔を見た。

人ではなくレコードのジャケット。イーサンのレコードである。

大量に余り、売れているとは言いがたいようだった。 

ダイアンは何枚もイーサンのレコードを抱えるとレジに向かった。


そして彼女は自宅でレコードをかけた。

彼女はそれを聞きながら「凄い、やるじゃない…。」と微笑んだ。

「-前進する不安など、前進する疲れなど、道を与えられた喜びには遠く及ばない」

こんなフレーズに、彼女は強く共感した。

そしてアダムのことも想わずに居られなかった。

これ以上、間違ったことに時間を使っちゃいけないんだ。

彼女はあの夢を見て以来、漠然と考えていたことを実行に移した。

彼女は独立して会社を興す準備を始めた。

それは大変な苦労を伴うものだったが、

今はイーサンのレコードを聴きながら、精力的に準備を進めているのだった。

 

その後、アダムは治療の甲斐も無く、亡くなってしまった。

スケッチブックの最後のページには、

彼と3人の男女が病院の庭のテーブルで談笑する絵が残されており、

両親はこの3人について思案を巡らせたが、分からずじまいだった。

 

オリビアは彼と結婚し、男の子が生まれた。

名づけた名前はアダム。

それは、彼女に生んで欲しいと言った人の名前。

消え行った不吉な命の名前ではない。

最後まで決して消えまいと耐えた、何より強い命の名前。

 

 

 

 

 

ハミダシ

長文、最後まで読んで下さってありがとうございます。

今回は色んなことが初挑戦。

瞼がしょっちゅう重くなりました。 

 

 


 


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コメント 21

てつろう

超・超・超大作です!

感想も一杯ありますが
無性に 今の自分を大切に生きていかないとという気分になりました
これから 天気がいいので子供と遊びに行きますが
一生懸命に 遊んでこようと思います
by てつろう (2006-11-25 10:08) 

じゅん

てつろうさん>
ありがとうございます!
僕にしては長い文になりました。
前向きな気分を持って頂いたようで、とても嬉しく思います。
てつろうさんとお子さんのことを想像しました^ ^
by じゅん (2006-11-25 22:09) 

yujin

^ ^ 期待した大作です!
絵も多くの努力が見えて, 全体的に夢の中のような感じで良いです.
私は ISANが音楽を団地お金儲けではなく夢を実現するための対象と思った点が良いですね. (翻訳に間違いがあるかも知れないが)
^ ^ 胸を打つ小説だから大好きです
by yujin (2006-11-26 04:39) 

jewel

ひえええええ
むじゅかしぃ~~
なのでまた絵の感想(笑)。
人物も上手です!
しかし今回はかなり長いですね。
気分が乗っちゃったのでしょうか。
by jewel (2006-11-26 14:43) 

あやこ

一気に読んでしまいました!
悩んでいるときって自分の殻に入って周りがみえなくなっているときなのかなぁ・・・
注意深くまわりの声に耳を傾けなければ・・ と思いました^^
by あやこ (2006-11-26 17:21) 

じゅん

yujin さん>
ありがとうございます!
絵は配色とか、人物の描写に苦労したよ~
長い文の翻訳、苦労したでしょう。
でも、ちゃんと解っているみたいだから大丈夫^ ^
大好きだと言ってもらえて嬉しいです。

jewel さん>
特に、書き出しの部分が複雑でjewel さん好みでなかったかな。
jewel さんには最後まで読んでもらいたかった、残念です。
長くなってしまったのは、気が乗ったからではなく、
主要な登場人物が4人と多かったためです、必要な長さでした。
でも、これほど長い文はblog に向いていないのかな…。

あやこさん>
ありがとうございます!
この小説は心のマイナスとマイナスが集まったら、
プラスに変身することもあるんじゃないか、
そういうことがあったら素晴らしいなぁ、と思って書きました。
by じゅん (2006-11-27 09:06) 

TOMO

長文一気に読ませて
いただきました。
もっと色んな人に読んでもらいたいです。
自分を「見つめ直す」ことの難しさ。
それを乗り越えた時に発見できる
新たな自分のことを。
by TOMO (2006-11-27 16:20) 

じゅん

TOMOさん>
ありがとうございます!
blog の特性上、こういったものを読んで頂くというのは、
なかなか難しいですね(笑)
書いて癒える自分があり、読む方に刺激を与えて、
何かを乗り越える力を少しでも与えられたら、幸いなことですね。
by じゅん (2006-11-28 18:54) 

nyan

2日に渡って読みました^^
by nyan (2006-11-28 22:37) 

ちょっとノスタルジックなSFですね。
じゅんさんの優しさが感じられる、素敵な作品だと思いました。
by (2006-11-28 22:49) 

ミズリン

長い文ではありますけど、
読み始めると一気に読めました。
自分のことを大事に出来ないと、人を大事には出来ない。
そして、それを見つめ直すことは、容易なことではないですね。
難しいけど、みんな心のどこかに抱えている事ではないかと思いました。
by ミズリン (2006-11-29 20:56) 

じゅん

師匠>
文章の耐え難い長さ、ですか(笑)お疲れ様です…。

lapis さん>
ありがとうございます!
この実験のモデルが、軍拡の時代に噂としてあったこと、
それから考えてみればこれはインターネットに似ているのですが、
それが無い時代、そんな機会を偶然少しだけ与えられて、
人々はどう使うだろうかと考えました。
機会に恵まれすぎている現代、我々は大事に使えているでしょうか。

ミズリンさん>
ありがとうございます!
特に最初のほう、重かったかと思います。
そうですね、相手の中にある自分を見て、答えを見つける。
自分の中にある相手を伝えて、新たな視点を与える。
腹を割った話し合いにはそんな効用があるのではないかと思いました。
by じゅん (2006-11-29 22:53) 

nyan

読み急ぎたくなかったの~。
by nyan (2006-12-01 00:25) 

映画を見ているようでした。
長編でしたね〜 面白かったです。
by (2006-12-01 09:04) 

んー。。。深いですねぇ…。
うん、これだけの長編を書けるって凄いコト。
私だったら絶対途中で挫折しちゃうもん。。
by (2006-12-01 21:14) 

みかまん

じゅんくんの絵好きだなぁ~~^^いい雰囲気。私のために何か書いて欲しいなんて思います。これだけの長文を無駄無く書けるってスゴイネ。
読み始めは、実際アメリカに住んでると、こんなのありかなって思うから、ハード系でいくのかしらって思ってると、ちゃんと最後は人間ドラマ(陳腐な言葉ね^^;)になって希望があって...上手く言えないけど、じゅんくんの中に人間ていうものへの理解や、姿や、優しさやそういうものが確立されてるってことが素敵だと思うし、それがじゅんくんって言う人間を見せてくれる。私はそんな風に思いました。
by みかまん (2006-12-02 02:24) 

じゅん

師匠>
じっくり読んでくれたんだね^ ^ありがとう

すずめさん>
ありがとうございます!
素直なご感想が聞けて、とても嬉しいです^ ^

aika さん>
ありがとうございます!
僕にとって、長い物を書く苦労は短いのとあまり違わないですよ、
肝心なのは内容がどうか、どう受け取っていただけるかです。
むしろ読んでいただきやすいよう、できるだけ短くしたいですね。

みかまんさん>
ありがとうございます!
下手な絵でよろしかったら、なんなりとおっしゃってください^ ^
僕もせめて何か描いて差し上げたいですね^ ^
登場した四人のモデルは全て僕の中にあるものですが、
人と人は共感で繋がっていると僕は信じているし、
皆さんの中にもこの四人は居るのではないかな、
みかまんさんを始め、皆さんのご意見を聞いて確信を深めています。
by じゅん (2006-12-02 18:39) 

溜息が洩れました
そしてディスプレイに向かい、拍手を贈る自分が居たのです
by (2006-12-05 12:13) 

じゅん

琥珀さん>
ありがとうございます!
琥珀さんは同じ畑の先輩だと勝手に思わせていただいているので、
琥珀さんにそう言って頂き、嬉しいです!
by じゅん (2006-12-05 22:37) 

be-happyyy

ドラマか、ショートムービーにでもしていただきたいですね。
夢で繋がるというのもいいですね。
僕も街ですれ違う女性に何か繋がっている感覚を覚えることがあります。
駄菓子菓子、
それは単なる一目惚れに違いないでしょうねw
by be-happyyy (2006-12-18 10:21) 

じゅん

BE-HAPPYさん>
ありがとうございます!
ドラマ化、多分無理でしょうけど夢だけは大きく見たいですね~。
僕も繋がることあります、
僕の場合は女性が考え事中に違い無いでしょうw
by じゅん (2006-12-18 21:15) 

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